MITSUNOBU YUKARI


光延 由香利 オフィシャルウェブサイト



kanojonomitayume
彼女の見た夢"
2016年
原稿用紙
25.7×36.0cm 6枚組

撮影:加賀雅俊(べあもん)


her dream
2016
manuscript paper
25.7×36.0cm 6seets

photo:Masatoshi Kaga(Beamon)



彼女の見た夢


私は、三個目の蜂の巣を摘み取る。もはや罪悪感も薄らいでいるのか、何の迷いも無くそれをゴミ箱に落とす。

 彼女が現れたのは、梅雨の頃だった。アトリエの玄関先に吊るしたグリーンネックレスの鉢底からこちらを見る彼女は、造り始めの蜂の巣に掴まっていた。
 巣はまだ小さく、蓮の花托によく似ていた。植木鉢のぐるりから垂れ下がるグリーンネックレスはカーテンのようで、人の視界を遮るのに丁度良い。さらに風雨も凌げるとあって、彼女にとってはこの上ない一等地に違いなかった。

 私はとりあえず、アトリエの窓越しにしばらく観察することにした。時折巣から離れては戻り、その後ある程度の営巣に勤しむ、というパターンが繰り返されているようだった。

 営巣し子孫を残すことは、全ての生物にとって重要な使命である。とはいえ、我が家の門前は人通りが多く、このまま活動が盛んになっては困る。そこで私は彼女の不在を見計らい、小さな巣の根元をぽくりと手折った。邂逅から三日目の朝だった。
 いとも簡単に陥落せしめた巣には六角形の部屋が七つあり、全てに卵が有った。数部屋作っては産卵するのか、二部屋にはごく小さなもの、他の二部屋にはやや成長したもの、残りの三部屋では、既に目のような点が確認できた。新しい命を奪うことに胸が痛んだが、「ここは営巣できない」と彼女に悟ってもらわねばならない。仕方の無いこと、と思うことにした。

 唐突に(私によって)巣を失った彼女は、平たい鉢底に一日中しがみついていた。ショックだろうが、人間より昆虫の方が淡々と次のプロセスへ移行できるはずだとも思った。
 ところが翌日、予想を裏切って彼女は再び同じ場所に巣作りを始めたのだった。

 グーグル先生によると、完成したスズメバチの巣はバレーボール程の大きさになり、中には数百匹の蜂がいるという。何としても彼女には英断を迫らねばならなかった。新しい巣が三部屋になった段階で、私はまた撤去した。もう学習するだろう。六角形の部屋にはやはり小さな卵があった。

 次の日、私は彼女のことを忘れていた。

 更に二日が経ち、何気なくグリーンネックレスに水をやろうとした時、緑のカーテンの隙間からこちらを覗く彼女と、目が合った。
 何故、この場所に固執するのか。思わず背筋が凍り、急に「彼女」が昆虫になった。


 果たして、昆虫にも拘りというものはあるのだろうか。たった今、ゴミの中へ紛れていった巣の辺りを見下ろしながら思う。数日の雨をやり過ごした後に作られた巣は、わずか二部屋しかなかった。巣は空だった。前日に産卵の動作を見かけていたので不思議だが、疲労の顕れだろう。どうか今度こそ、ここは営巣に向いていないと理解してほしい。

 ひと晩を経て、また雨が降っている。件のスズメバチはというと、流石に三度も巣と卵を奪われて応えたのか、グリーンネックレスの下方でじっとしている。きっとその内に野生の逞しさを取り戻し、活動を再開するに違いない。その時にはどうか、新天地へ。

 アトリエでは私自身が制作をするほかに、週に四日の絵画教室も開いている。今日は個別指導の女性と共に、卓上デッサンを進めている。さてそろそろアドバイスを、と目線を遣った机の向こう、窓の外に。
 グリーンネックレスにしがみつく蜂を、見つけてしまった。
 どうしてまだ居るのか?ずっと居たのか?ここ数日の残像を引っ張り出す。三個目の巣を捨てた次の日、確か枝の下方に掴まっていた。あれから五日は経っていようか。一昨日に水やりをした時も、ちらりと視界に入り「まだ居るな」と思ったかもしれない。
 そして、今も・・・。
 彼女は、ずっと同じ場所に掴まったままなのではないか。

 数十分後、生徒さんを送り出し、グリーンネックレスへ近づいてみる。足元が少しふわふわする。緑のカーテンの内側、やはり同じ場所に同じ姿勢のままで掴まる彼女が見える。
 もはや確信があるので躊躇わない。私はゆっくりと指先で、葉肉にしがみついた彼女の遺骸を外してやった。
 まるで即身仏のようだ。己の命を捧げるほどに、彼女にとっての巣作りは切実な行為だったのだ。せめて此処でなければこんな結果にはならなかっただろうが、その意志の強固さが痛々しくも澄んで見える。野生の生き物は、もっとドライでシンプルだと信じていたが、彼女を突き動かしていたのは、執念としか思えない。それも、「女の」執念。

 手のひらに彼女を乗せながら、夢想してみる。彼女の身体は、グリーンネックレスの鉢に埋めよう。いつか彼女は分解され、鉢の土中に滲みていく。そこから根が養分を吸い上げ、根から茎へ、茎から葉肉へ、かつて彼女だった要素を行き渡らせる。大きな巣と数百匹の子等の代わりに、幾千の丸い粒として増殖は続いていく。


Return to "Works"
Copyright © 2016 Mitsunobu Yukari Official Web Site All rights reserved.